- ネバダ州
- State of Nevada
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- 州の愛称: 銀の州
Silver State -
ネバダ州(Nevada NV、i/nəˈvædə/)は、アメリカ合衆国の西部に位置する州である。地域区分としてはロッキー山脈西部およびアメリカ合衆国南西部にも含められる。面積は110,561平方マイル (286,350 km2) であり、全米50州の中で第7位である。人口は2010年時点で約270万人であり、全米第35位である。人口の3分の2以上がラスベガス都市圏に住んでいる[1]。この都市圏にはネバダ州の人口の多い都市上位3つが入っている[2]。
州都はカーソンシティ市である。気候は砂漠気候と亜乾燥気候帯にあり、州域の大半がグレートベースンの中にある。グレートベースンより南はモハーヴェ砂漠である。西端にはタホ湖とシエラネバダ山脈がある。領域の86%は公的機関および軍隊の管轄権下でアメリカ合衆国連邦政府が所有している[3]。
州名は近くにあるシエラネバダ山脈から採られた。シエラネバダとは「雪に覆われた山脈」を意味するスペイン語である。ヨーロッパ人が到着する以前のこの地域にはパイユート族、ショショーニ族およびワショー族インディアンが住んでいた[4]。その後スペインがアルタ・カリフォルニアの一部として領有権を主張し、メキシコ独立からはメキシコの支配下となった。1848年、米墨戦争で勝利したアメリカ合衆国がこの領土を獲得し、1850年にユタ準州として組み入れられた。1859年、コムストック・ロードにおける銀の発見で人口が急増し、1861年にはユタ準州西部が分かれてネバダ準州が創設された。1864年10月31日にはアメリカ合衆国36番目の州になった[5]。
主産業は合法化されたカジノを代表とする娯楽産業[6][7][8]と鉱業である。最大都市はラスベガス市で、世界有数のカジノ街として名高い。また、州西部のリノ市もカジノの町として知られる。鉱業はネバダ州経済の中で依然として重要な位置を占めており、金の生産量では世界第4位である[9]。乾燥地帯で疫病が少ないため住みやすく、諸税の少なさから都市部での人口増加や企業進出が顕著である。州の大半を砂漠が占めており、農業はほとんど振るわない。よって州を潤していた鉱産資源が底を突き始めると人口流出が深刻となり、州政府は窮余の策として移住者の離婚を認め、定住者の娯楽と産業創出のためにカジノを公認するようになった。また、1936年完成のフーバーダムにより豊富な電力を得ることができ、今日に見られるようなネオン街が発展する契機となった。
ネバダ州は公式に「銀の州」と呼ばれている。これはその歴史と経済における銀の重要さを反映したものである。また南北戦争の間に州昇格を果たしたので「戦闘が生んだ州」、あるいは土地固有セージブラシュ(ヤマヨモギ)があるので「セージブラシュの州」とも呼ばれる。
ネバダ州はカナダにもメキシコにも境を接しておらず、そのような内陸州としては面積最大である。
[編集] 州名の由来と発音
州名「ネバダ」は「雪に覆われた」を意味するスペイン語の形容詞([neˈβaða])に由来する[10]。
ネバダ(Nevada)の第2音節は[/æ/]と発音され、単語"bad"の母音"a"と同じである。アメリカ合衆国西部以外の人々は /nəˈvɑːdə/のように発音し、単語"father"の母音"a"と同じである。これはスペイン語の母音"a"に近いのではあるが、地元の人々は誤りと考えている。2004年アメリカ合衆国大統領選挙の時にジョージ・W・ブッシュ元大統領がこの「誤り」を犯した。その汚名を雪ぐ機会が2004年6月18日のリノ・スパークス会議場で開かれた演説会だった。ブッシュ大統領は「ここネバダ( /nəˈˈvædə/)にいるのは光栄である」と母音"a"の正しい発音を強調して演説を始めた。ブッシュが「私は正しく発音したと思いますか?」と問いかけたときに、聴衆は大声でこれを承認した[11]。ブッシュはその後の一般投票でネバダ州を制した。
下院議員ハリー・モーテンソンがもう一つの発音(スペイン語に近いもの)も認めるよう法案を提出している。
- 主要記事:ネバダ州の歴史
[編集] 1861年以前
1859年、ネバダ州バージニア・シティーの下、コムストック・ロードでアメリカでは最初の銀鉱石の大規模埋蔵が発見された。
[編集] ユタ準州からの分離
1861年3月2日、ユタ準州の西部を分離してネバダ準州とし、シエラネバダ山脈に因んで現在の州名を採用した。
リンカーン郡とナイ郡にあるネバダ州歴史標識57号と58号によって1861年の南側州境が記念されている。
[編集] 州昇格
1864年アメリカ合衆国大統領選挙が行われた日(11月8日)の8日前にあたる10月31日、ネバダは合衆国36番目の州に昇格した。これはエイブラハム・リンカーン大統領の再選を確実にする意図があったので急がれた。さらに南北戦争終戦後の共和党による合衆国議会支配を確実にする意図もあった。ネバダの鉱業に基づく経済は、工業化の進んだ北部との結びつきが強かった。
ネバダ州は州昇格後にその領域が拡大したことでは2つしかない州の1つである。1866年5月5日にコロラド川の西、アリゾナ準州のパーユート郡の一部を吸収して、南側州境は現在の領域に等しくなった。実質的に北緯37度線より南の地域である。この移管はこの地域で金が発見されたことが契機となっており、その後起こる人口増加に対しネバダ州の方が監督が行き届くであろうと政府が考えたためだった。その地域には現在のクラーク郡の大半が含まれている。1868年、ユタ準州の西部にあった別の地域がネバダ州に加えられた。これは地域住民がモルモン教の支配を忌避したためであり、これによって州東側の州境も確定した。
ネバダ州の経済は長年にわたって鉱業が造り上げてきた。マーク・トウェインが著作『Roughing It』(『西部放浪記』)を書いたときにネバダ州に住んだ。その頃の鉱業は投機と巨大な富を伴う産業だった。しかし、19世紀後半には鉱業が衰退し、人口も減少した。1900年にトノパーで、さらに続いてゴールドフィールドとライオライトで豊富な銀の埋蔵量が見つかり、再びネバダ州の人口は上向きに転じた。
[編集] 産業としてのギャンブル
初期のネバダ州鉱山町ではギャンブルが規制されず通常に行われていたが、1909年に全国的なギャンブル反対運動の一部としてネバダ州でも違法となった。その後の鉱業の衰退と、世界恐慌の時には農業も衰退したことで、ネバダ州は1931年3月19日に州議会の承認により再びギャンブルを合法化した。当時、ギャンブルに反対する指導者達は、ネバダ州経済が多様化し、景気の影響を受けにくいものになるまでの一時的な処置だと考えていた。しかし、ギャンブル産業がネバダ州の主要な収入源になるに及んで、ギャンブルをもう一度違法化するという議論が真剣に行われたことはない。
[編集] 核実験
ラスベガス市の北西65マイル (104 km) にあるネバダ核実験場は1951年1月11日に設置された。この場所は約1,350平方マイル (3,496 km2) の砂漠と山岳部で構成されている。核実験は1951年1月27日にフレンチマン・フラットに落とされた1キロトン爆弾で始まった。最後の大気圏内実験は1962年7月17日、地下核実験は1992年9月23日となった。この地域はアメリカ合衆国の中でも最も核爆発回数の多かった場所である。
州内の土地の80%以上が連邦政府の所有である。この主要な理由は、全州で砂漠がちな乾燥気候にあるためにホームステッド法に謳われるような広い土地をまとめることができなかったことである。初期の開拓者は水資源の周りの土地を取得し、その周囲の公有地で家畜に草を食ませた。その公有地は水が近くに無いので農業には不向きなままである。
ネバダ州は北部でオレゴン州及びアイダホ州、西部でカリフォルニア州、南東部でアリゾナ州、東部でユタ州と隣接している。アリゾナ州との境界にはコロラド川及びフーバーダムが含まれる。
ネバダ州の大半はベイスン・アンド・レンジ地域に入っており、南北方向に走る多くの山脈で仕切られている。これら山脈の大半はその間に内陸バレーがあり、グレートベースンという言葉から得られるイメージとは矛盾している。
ネバダ州北部の大半は夏暑く、冬は寒い砂漠であるグレートベースンの中にある。アリゾナ・モンスーンに乗ってくる湿気が夏の雷雨を生むことがある。太平洋から来る嵐はこの地域を雪で覆うこともある。
州北部をハンボルト川が東から西に流れ、ラブロック近くでハンボルト湖に注いでいる。ウォーカー川、トラッキー川およびカーソン川などシエラネバダ山脈から流れ出る川が東流している。
山岳部は標高が13.000フィート (3,962 m) を超える峰があり、砂漠の平原より高く深い森を育んでおり、固有種にとっては「空中の島」を生んでいる。バレーの標高はほとんど3,000フィート (900 m) を下回ることは無い。
州内南側3分の1はラスベガスがある地域であり、モハーヴェ砂漠の中にある。この地域では冬の雨が少ないが、夏のアリゾナ・モンスーンの影響を受けやすい。標高は低く、大半が4,000フィート (1,200 m) 以下である。このために大気の気温逆転が起こり、夏は暑く、冬の夜は冷涼から寒冷になりやすい。
ネバダ州とカリフォルニア州の州境は、400マイル (640 km) 以上にわたって経緯線に対する対角線方向に引かれており、この種のものとして最長である。この州境はタホ湖に始まり(湖岸からは4マイル (6.4 km) 沖)、ネバダ、カリフォルニア、アリゾナ3州の州境が集まるコロラド川、ラフリン橋の南西12マイル (19 km) まで続いている。
南部で最大の山脈はスプリング山脈であり、ラスベガスの直ぐ西にある。州内で最も標高が低い地点はコロラド川沿いでラフリンの南にある。
州内には標高差2,000フィート (600 m) 超える山が172ある。この数はアラスカ州に次いで2番目であり、カリフォルニア州、モンタナ州、ワシントン州よりも多い。この指標では大陸48州で「最も山がち」な州ということになる。
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